花農家さんから直接仕入れる
“顔の見える花”への道のり

壱岐 聡子さんがはじめてお店を訪ねてきてくれたのは、もう5年くらい前になりますね。

聡子 そう、たまたまInstagramでthe little shop of flowers(以下、リトル)を見つけて。このセンス好きだなと思ってウェブサイトを見てみたら、「花の季節を大事に考えている」というような文面があってピンときたんです。「季節の花」なんて、言葉にするとあたり前のことのように感じるかもしれないけど、日本の花の世界ではあたり前ではないんですよね。だから、壱岐さんに会ってみたいと思ったんです。

壱岐 でも、聡子さんが会いにきてくれたときは、まだ山梨でリトルの畑をやらせてもらうようになる少し前だったから、正直なところ私自身なにもわかってなかったんです。花農家さんの畑を訪ねたこともなければ、どう育てられているのかも知らなくて……。聡子さんと今のような関係が築ける日が来るなんて、あのときは思ってもみなかった。

聡子 実際に、リトルに買い付けてもらうようになったのは、コロナ禍のはじめのころでしたよね。

壱岐 コロナ禍は、お店を営業する上では試練の連続だったけど、今となっては大きな転機を与えてくれたと思っているんです。最初のロックダウンのときが一番厳しくて、海外からも入荷しづらくなったり、やむを得ず休業する仲卸さんが増えたりして、市場で買いつけられる花の種類が格段に減ってしまった。私たちもお店を休むという選択肢もあったけれど、「リトル宅急便」(東京23区限定の花束の宅配)という対面できないときだからこその花の提案を始めたこともあって、なんとか多品種で花を揃えたいという思いから、農家さんに直接コンタクトを取ってみることにしたんです。本来、東京の花市場は仲卸から農家、花屋まで、さまざまな信頼関係で成り立っているハブなので、市場とは別のところで直取引するというのは、あまり好ましい行為ではないんですよね。でも、この状況下なら直取引も仕方ないと思ってもらえるかもしれないと。それによく考えたら、お客さまに“顔の見える花”を提供できるいい機会になるんじゃないかと思ったんです。

聡子 確かに、いいタイミングだったかもしれないですね。

壱岐 でもいざ、花農家さんから直接仕入れようと思い立っても、「花農家さんはどこに?」っていうくらい関わりがゼロだった(笑)。だから、花の種類と産地から農家さんの連絡先を調べて、一軒一軒電話して。やっぱりほとんどが「市場との関係があるので取引できません」というお返事で、他に誰かいなかったかな……と記憶を辿ったら、「そうだ、聡子さんがいた!」って。

聡子 私の場合は、少量多品種で栽培していて、市場に卸すほどのボリュームを生産できないので、花屋さんと直取引するしかないという。

壱岐 市場もたくさんの農家さんのところへ花を引き揚げにいかなければならないので、ある程度の量を安定的に出荷できる生産体制を優先しないと成り立たないというのもよくわかります。

聡子 でも、そもそも市場に出荷してから花屋さんにたどり着くまでの時間のロスを考えても、自分がやりたいスローフラワーの考え方とは少し違うなと思っていたんです。だから、市場ははじめから卸先には考えていなかった。花農家を始めて今年の春(2022年)で5年目になるんですけど、最初の3年はこの環境にどの花が適しているのか、どの花にニーズがあるのか、いろんなことを掴むのに精一杯で、4年目になってようやく販路を少し広げていこうというフェーズに入ることができたというか。

壱岐 ひとつの植物が、その土地でどんなふうに育つのかがわかるのに、最低3年はかかると教えてもらったことがあります。やっぱりそれくらいかかってようやく見えてくるものなんですね。

環境に負荷をかけず、倫理的な調達を。
持続可能なスロー・フラワーの考えかた。

壱岐 聡子さんは、もともと翻訳と通訳が本業だったんですよね。

聡子 翻訳・通訳の仕事は、今も花卉栽培と並行して続けているんです。花のほうは今のフェーズだとまだ収入が不安定で、翻訳・通訳のほうで支えないと成り立たなくて。でもいずれは、花卉栽培一本でやっていきたいという思いはあります。

壱岐 花農家になろうと思ったのには、どんなきっかけがあったんですか?

聡子 翻訳や通訳って、何かしらもととなるものがあって受注する仕事じゃないですか。自分の手で何かを生みだせる仕事がしたいと思ったときに浮かんだのが農業だったんです。実は、花よりも先に野菜の栽培から入っているんですけど、あるときinstagramでワシントンにある「floret」というフラワー・ファームを見つけて。

壱岐 数々の賞を受賞してきた、今や世界的に有名なファームですよね。

聡子 そう、その「floret」のポストに「#slowflowermovement」というハッシュタグがついていたのが気になって調べてみたら、食でいう「スロー・フード」と同じように、できる限り環境負荷をかけず花卉栽培をしようという運動のことだったんです。農薬や化学肥料を使わず、その土地の気候風土に合った季節のものを育てること、地産地消であること。日本で流通されている花も、海外から空輸されているものが少なくはなくて、中には現地での労働環境が不透明なものもあったり、大量生産のためにより多くの農薬・化学肥料が使われていたり。日本でこれを実践している花農家さんはほぼ皆無だったので、調べるほどやってみたいという気持ちが膨らみました。「floret」には研究・教育機関もあって、スロー・フラワーの概念を実践に落とし込むためのノウハウを教えてくれるオンラインの学習プログラムがあったので、受講することにしたんです。

壱岐 そんなとき英語の講義が受講できるというのは強みですね。

聡子 そうですね、おまけにオンライン上に「floret」を受講した世界中の花農家と繋がることができるコミュニティがあって、何かわからないことがあると、そのコミュニティに質問すれば、誰かが答えてくれるという環境ができあがっていたんですよね。

壱岐 海を超えて花農家さん同士が助け合うって、すごいことですよね。日本だと、ようやく食については「どこでどんな農家さんがつくったもの」を意識するようになってきたけれど、花の場合はまだその入り口にも立てていないという段階で。そもそも市場でも花屋でも、そういう形で売られてこなかったというところから、コロナ禍を経て直接仕入れられるようになって、ここから花農家さんと花屋が助け合う関係性を築いていけたら、日本でもスロー・フラワーを広めていくことができるんじゃないかなと。

聡子 スロー・フラワー・コミュニティのすごいところは、いろんな国のいろんな花農家たちが、自分が得た知識も失敗談もインスタライブやブログなんかで惜しみなくじゃんじゃん出しまくってるんですよね。アイデアを盗むとか、競争するというようなマインドがまったくなくて、このムーブメントをみんなでどんどん大きくしていこう!という空気感があって、すごくポジティブ。これが日本でできたら最高なのに、って思う。

壱岐 私も花のことを何も知らずに花屋を始めてから、10年ちょっとでわかってきたのが、日本で花屋として信頼してもらえる基準は、しっかりとしたものが売られているかどうかなんだということ。“しっかりしたもの”というのは無農薬かどうかではなくて、花の強度や傷がないことという意味で。日本の花屋のルーツは茶道にあって、「この時季に咲かせてみせます」と、自然を操れることがいい花屋の条件になり、時代が変わってそれが洋花にも求められるようになっていったんですよね。私がまだまだ出会えていないだけなんだとは思うけれど、日本の花農家さんにはご高齢の方が多いぶん、そうした伝統的な価値観が大きく横たわっているような気がします。

聡子 私の場合、日本の花業界のことを何も知らずに、まずアメリカにアクセスしたのがよかったのかもしれない。アメリカでは、みんな普通にオーガニックで栽培していて、自分にもできると思えたから……。今も花農家として学びの段階にいる中で、リトルとは単に仕入れだけではない関係が築いていけそうだと感じていて。

壱岐 そう、お互いに未完成だから、会うたびに発見がある。花農家と花屋、違う立場から同じ方向が見られるというのもうれしいこと。手探りを続けながら学び合っていきたいですね。